点滅するメール作成画面のカーソルを、見つめてはため息をつく。なんて打ったらいいんだ? …いや、ただ一言『初詣に一緒にいかないか?』と打てばいいだけのことなんだ。それであとは送信ボタンを押す、それだけ。そんな簡単なこと、きっとポケモンだって教えればできる。だけど打てない、ようやく決心しては再び揺らぐ、それの繰り返し。
「くそ、動けよ俺の指…」
携帯の画面にアイツの顔が浮かぶ。あの笑顔とともに新年を迎えられたらきっと最高の1年になるだろう。そう考えると頬がゆるむのが止められないが、誘いのメールが送れない。だって考えてもみろ、そんだけ期待してもし断られでもしたら俺の新年はどうなる。年始めに縁起でもないだろ、元旦にやったことは1年続くんだって昔ばあちゃんが言ってたんだ。そんな1年耐えられない、ひたすらジムの改造をして、挑戦者をバッサバッサと退けていくだけの生活なんて…(去年もそんな感じだったけど)
恋をすると臆病になるんだな、って前にオーバに冗談交じりに言ったら真面目に気持ち悪がられたけど、これは尋常じゃない。実はを誘おうと思って携帯を手にしてから早1時間は過ぎている。年が明けてから9時間、つまり今は朝の9時。街の人はほとんど初詣に出かけている時間だ。…もしかしたらももう出かけてしまったかもしれない、俺がぐだぐだと悩んでいる間に。
待て、自分に追い打ちをかけてどうする俺。悲しい想像を振り切るように頭を振った。気を取り直して、しっかりしろデンジ。まずは『はつもうで』を打つんだ、それで漢字に変換する…あれ、変換ってどうやるんだったっけ?
「もう駄目かも俺…こん」
「デンジさん!」
『こんなこともわからなくなるんじゃ』と呟きかけたとき、勢いよく部屋の扉が開いた。そこには晴れ着姿で髪を結い上げたがいた。着物の裾を手で持ち上げて、肩で息をしているところを見ると、玄関から俺の部屋まで走ってきたらしい。の着物姿はあでやかですごく似合っていたけど…なんかこんなときだけ妙に冷静になって状況分析する性格、いやだな。
「、お前どうしたんだ?」
「どうしたも何もないでしょ! どれだけ呼び鈴押したと思ってんですか!?」
そう言われてぽかんとする俺を見て、は呆れたようにため息をついた。呼び鈴なんて全然気付かなかった。それだけ自分の世界に入り込んでいたのだ、連打される呼び鈴にも気付かないくらいに。
「もう1人で初詣に行っちゃったのかと思ってました、でもよく考えたらバトルとジム改造だけが全てみたいなデンジさんがそんなことするわけなかった」
「…俺だって、初詣くらい行くよ」
の見立ては正直当たっている。今までの自分だったら初詣なんて大して興味なかった。でも、コイツのことが好きだって自覚してからは色んな場面に一緒にいてほしいと思うようになったんだ。だからとのことを神様にお願いしに行こうと思った。それで今の今までこのちっぽけな機械とにらめっこして、うんうんうなって悩んで、ほんとは心のどこかでお前が来てくれるのを待ってたんだ。
自分の情けなさに打ちひしがれながら目を伏せた俺をは少し意外そうな顔をして見ていたけれど、ふっと笑って膝を折ると、椅子に座った俺の目を覗き込んで言った。
「じゃあ、一緒に行きましょうよ」
「……え?」
「だから、私と! 初詣に、行きませんか! せっかく早起きして着物、着てきたんだから」
は少し照れたように俺の顔から視線をずらした。その拍子に結い上げた髪を彩るかんざしの飾りが揺れて、きらきら光ってきれいだ。俺の心がそんなささやかな光で満ちるのを感じた。照れるけど、勘違いじゃなかったらどうやら俺に見せたくて着物を着てきたらしい。さっきまで下らないことで悩んで不安になっていたのが、バカらしかった。はこうやって一生懸命、俺を喜ばそうとしてくれてるのに。何してんだ俺、いつまでを待たせる気だ、俺が動かさなきゃならなかったのは指じゃなくて、この足だ。言葉を打たなきゃいけないんじゃない、言わなきゃいけないんだ。
俺は椅子から立ち上がって顔をそらした彼女の目の前に手を差し出した。
「、行こう。一緒に」
その言葉を待っていたように、は一瞬で明るい笑顔になって俺の手をとった。結果的にはが俺を誘う形になってしまったけど、メールは送らなくてよかったと思う。もしあの機械に頼っていたら、この笑顔は見られなかっただろうから。『笑顔』の顔文字なんか嬉しくない、このの笑顔が見たいんだ。今度からメールはおやすみのとき以外はなるべく使わないようにしよう。
これから神様のところにお願いに行く、今年もと一緒にいられますように、と。俺は願いを叶えてもらえるように、この足で彼女の元へと歩いていく。
初稿 070121、改稿 200716