昨夜からかなり冷え込むな、と思っていたら案の定窓の外は一面の白だった。まるで純白の絨毯をしきつめたような光景だ。日光が反射してきらきらと輝いていた。ハヤトは一度伸びをすると庭に面した窓を開け放つ。冷たい空気が室内に一気に吹き込み、寝ぼけた頭はだんだんとすっきりしていった。
今日は警察官としての職務は非番だった。普段なら休日とはいえ、長らく待たせているジム戦の予約をこなすことに時間を費やすのだが、今日は珍しく予約がなく丸一日休暇をとることができた。久しぶりの穏やかな1日のはじまり。きちんとした朝食をとって、熱いお茶をすする。何も予定がない日など久しくなかった彼は、さて何をしようかと思案した。こうして温かいものを飲みながら家の中でくつろいでいるのも魅力的だったけれど、たまには近所の子どもたちと雪遊びでもしようかと思い立った。ハヤトは時間があれば時々彼らと遊んでやったり、バトル講座の真似事のようなこともしていた。きっとこの雪でじっとしていられない子たちが外に飛び出しているだろう。洗い物を手早く済ますと、コートとマフラーを身につけ家を出た。
思ったとおり、近くの広場から子どもたちのはしゃぐ声が響いていた。6人の子どもが雪合戦をしている。そのうちの一番年が大きいと思われる男の子がハヤトに気付き、大きくぶんぶんと手を振った。
「ハヤトさーん、おはよー!」
「あっ、ハヤトさんだ!」
他の子たちも彼に気付くや否や雪合戦をそっちのけにして駆け寄ってきた。ハヤトは群がる子たちの頭を撫でながらおはようと返した。時折触れる彼らの手はひんやりと冷たかった。素手で雪玉を握ったせいだろう。そのうちの1人がハヤトの頬に触れた。ぴりっと刺すような冷たさが伝わる、これでも子どもはものともせず、はしゃいでいられるのだから元気なものだ。
「えへへー冷たいでしょー」
「おてては冷やさないようにしておくんだよ、霜焼けになったらかゆいんだから」
「はぁい」
子どもたちは一通りハヤトに戯れるとまた雪合戦場に戻っていった。ハヤトは彼らをやわらかい笑みで見送る。その視界の端に懸命に雪玉を転がす少女を見つけた。雪玉は彼女の膝くらいまでの直径に育っていて、やや重そうな雰囲気だ。その少女が幼馴染のだと気付くのにはそう時間はかからなかった。
背後からそっと近づいて雪玉を転がす姿を見守る。こうしているのを見ると幼い頃ふたりで雪だるまやかまくらを作って遊んだ思い出が脳裏に浮かぶ。かまくらの中でふたりともそのまま寝入ってしまって家族や近所の人がいつまでも帰ってこないのを心配して探し回ったなんて事件もあったなあ。ハヤトが昔を懐かしんでいると、が振り返り怪訝そうな表情で睨んでいた。ハヤトはそんな彼女の表情を見てふっと笑いを零した。
「随分と大きな子供もいたもんだね」
「どうせ私は成長してないですよ」
てか見てるんなら手伝って下さい、とに促されハヤトは雪だるまの胴体部分の担当に回った。まずはこぶし大の雪玉を作って雪の上を転がしながら徐々に大きくしていくのが基本だ。きれいな球体に作るのはなかなか難しく、雪を押し固めて形を整えながら作っていくのがコツだ。あれこれ考えず、ただ手の中の白い球体を大きくすることに夢中になっていく。だんだんと育った雪玉はバランスがいびつだった。大人になってもそう上手くなれないことに少しがっかりしながらも、時間を忘れて雪だるま作りに没頭した。
1人で転がすのが大変になった頃にはっと我に帰って腕時計を見れば、雪だるま作りを始めてから既に30分が経過しようとしていた。はというと頭の部分を作り終え、地面に座り込んでハヤトの作業する姿を眺めていた。
「昔と一緒ですね、一旦作り始めると周りの声が届かなくなるところ」
「えっ?もしかして何か話しかけた?」
またやってしまった、と内心どきりとした。昔、同じようなことがあっては腹を立てて1週間口をきいてくれないことがあったのだ。するとはジャンパーのポケットから缶コーヒーを取り出して、これを買ってくるって言ったんですけどやっぱ聞こえてなかったですね、と呆れ気味に笑いながらコーヒーをハヤトに手渡した。手の中に転がる缶の熱さはすっかり冷たくなった両手には心地よかった。さっき子どもたちに素手で遊んではいけないと注意したところだったのに肝心の自分が手袋をし忘れていた。
「ああ、ありがとう」
「どういたしまして。いつかのホットレモンのお礼です」
いつからか、はハヤトに対して敬語を使うようになっていた。元々ハヤトの方が年上だったこともあって、彼女はけじめのようなものだと言っていた。その態度や呼び方に少しさみしい感じを覚えたが、これが大人になるということかと思い、何とか自分を納得させた。
遠くでハヤトさーん見てー、と呼ぶ声がする。先ほどの子どもたちが小さいながらも、子どもが入るには十分な大きさのかまくらを作り上げていた。ハヤトは上手だね、と手を振りながら応えた。は微笑みながらそれを見ていた。
「人気者ですね。子供好きですか?」
「うん、好きだよ」
「ハヤトさん、いいお父さんになりますよ」
「ははっ、そうだといいなあ」
笑いながらいつかの未来のことを思い描く。いつの日か自分に子どもが生まれたときには、こうして雪が降り積もった日に目一杯遊びたい。かまくらや雪だるまの作り方も教えよう、ただし素手では作ってはいけないこともちゃんと言おう。自分が幼い頃かまくらの中で眠ってしまって大人たちに心配をかけたことも話そう。きっと幸せな人生になるだろう。
そしてできればその傍らに笑顔のこの人がいればいいと願う。
「はいいお母さんになれるよ、きっと」
初稿 060130、改稿 200706/タイトルはBUMP OF CHICKENの楽曲